A History of Belstaff

アドベンチャーの歴史

探検、航空、モータースポーツとの関わりから
世界中で行われるファッションショーや様々な業界に存在するベルスタッフファンに関することまで、ベルスタッフの豊かなヘリテージを探ります。

1907

「TTレース」の愛称で知られるマン島ツーリスト・トロフィー・レースが初開催されます。その第1レースには25人がエントリー。しかし、完走したのはその半分にも満たない数でした。後にベルスタッフの代名詞ともなる、年に1度のイベントの始まりです。

「ウェアは確かに問題だったね」 - このとき2位に入賞したジャック・マーシャル(Jack Marshall)は、後にこう回想しています。「埃が舞い上がるのを抑えるために、運営側はコースに酸性溶液を撒いたんだ。その酸が服に着いて、数日後にはまるで鼠に齧られたかのようにボロボロになってしまったよ」

1908

1907年、世界初のモータースポーツ専用コース、ブルックランズ(Brooklands)が誕生。ただし、有名なバンク付きサーキットで実際にレースが行われたのは1908年になってからのことです。同年、女性レーサーの参加も認められました。

第1回大会は4月20日、22人のライダーが参加して2ラップレースが行われました。所要時間12分のこのレースの優勝賞金は25ギニー(現在の日本円に換算しておよそ5000円程度)という、ちょっとしたお小遣い程度でした。

1909

スコットランド・シックス・デイズ・トライアルがいよいよ始まります。ベルスタッフの歴史を語るときに欠かせない、もう1つの大切なイベントです。レーサーにとってもマシンにとっても、最高のチャレンジでした -もちろんウェアもです。

「今日のベルスタッフを創り出す種はここで撒かれた」

英国モーターサイクル・レーシング・クラブ(The British Motorcycle Racing Club)が設立されたのもこの年です。本部はブルックランズ・サーキットに置かれました。そしてこの年、ビジネスマンのエリ・ベロヴィッチ(Eli Belovitch)が、スタッフォードシャーのミドルトンに再生素材およびゴム製品を扱う店舗を設立します。今日のベルスタッフを創り出す種が撒かれたのです。

1914-18

当時、ヨーロッパ内外の何百万もの兵士たちが劣悪な環境に置かれていました。十分な防水素材の供給が急務でした。エリ・ベロヴィッチの工場は軍用ケープ、テント、グラウンドシートを製造するために劇的に拡大します。

第一次世界大戦のさなかにあってもオートバイレースへの情熱は衰えることなく、ブルックランズで2度の大会が開かれます。そのうちの1つは「オールカーキ」の名称で知られる軍人向けの大会で、1915年8月7日に開催されました。

1920

第一次世界大戦終結とともにブルックランズは公式に再開されます。この年見事に優勝したのは、後にベルスタッフの大ファンとなるマルコム・キャンベル(Malcolm Campbell)です。使用したマシンは、この後何代にもわたって製造されることになる「ブルーバード」の初号機、1912年式ロレーヌ・ディードリッヒ15リットル「ヴューシャルルIII号」でした。

この時期、ブルックランズ・サーキットでは、500マイル(805km)のオートバイレースが、プロ、アマを問わず人気を博してきました。英国オートバイレース黄金時代の幕開けです。

1922

第1回ウェールズTTレースがカーマーゼンシャーの7kmにおよぶ砂浜、ペンディン・サンズで開催されました。この後10年以上にわたり、ペンディン・サンズはライダーたちの人気スポットとなります。マルコム・キャンベルはここで二輪のみならず四輪車も乗り回していました。1920年代から30年代にかけてのペンディン・サンズ最盛期には、レースのたびに4万人以上の観衆を動員しています。

1924

戦時中に培った専門技術を活かして、エリ・ベロヴィッチは義理の息子ハリー・グロスバーグ(Harry Grosberg)とともに新事業「Bellstaff」ブランドを立ち上げます(「l(エル)」が1つ多いスペルは1930年まで使用。その後「Belstaff」に改称)。ストーク・オン・トレント近郊で、ライダーたちを意識したメンズ&ウィメンズの防水衣料の生産を始めました。

グロスバーグは常に最先端技術を取り入れることにこだわり、斬新な素材や製法を求めてヨーロッパからアジアまで飛び回りました。ベルスタッフは間もなくエジプト産ワックスコットンを素材とした、通気性と防水性に優れた衣料を製造する世界初のアパレル企業として認められます。

1924年9月25日、ペンディン・サンズで、未来のベルスタッフ顧客マルコム・キャンベルが、ブルーバードという別名を持つ350馬力サンビームで時速235.22 kmの速度記録を樹立しました。これを皮切りに、キャンベルは9つの速度記録を打ち立てていきます。

1926

探検家にしてアラブの反乱の指導者、そして熱狂的なオートバイ愛好家でもあるT.E.ロレンスは、5台目のブラフ・シューペリア「ジョージIV号」の納車を受けます。ロレンスは生涯で8台のブラフ・シューペリアを所有しました。

ロレンスの死後出版された回顧録The Mint(ザ・ミント:「造幣所」の意味)には、このマシンに乗ったときの印象があざやかに綴られています。「もうひとつカーブを曲がると、英国で最も高速な直線道路に出るんだ。背後で、長いコードが伸びるように排気管の音が鳴り響く。次第にスピードを上げていくと、いつからか自分の頭が風を切る音しか聞こえなくなるんだよ」

1927

エリ・ベロヴィッチとハリー・グロスバーグの努力が実を結び、スタッフォード・ストリート(Stafford Street)に「陸軍、海軍、総合(Army, Navy, and General)」店がオープン。レディ・トゥ・ウェア衣料で「Bellstaff」ロゴの使用を開始し、1927年には「The Bellstaff Brand」の商標登録を行います。

1929

1925年から1935年にかけてブルックランズのラップ記録を保持したオートバイレーサーのジョゼフ・「ジョー」・ライト(Joseph 'Joe' Wright)がベルスタッフのアンバサダーとなり、ベルスタッフとアドベンチャーの繋がりを際立たせます。

1930年、ライトはアイルランドのコークで公道を閉鎖して行われたレースにおいて、J.A.P.ツインエンジンを搭載したゼニスに乗り、時速242.5kmの二輪世界最速記録を樹立しました。著名人とのつながりを築くことにより、ベルスタッフの頑健さとクールさを兼ね備えたブランドイメージが確立していきます。

1930

もう1人、ベルスタッフとゆかりの深い人物であるエイミー・ジョンソン(Amy Johnson)が女性飛行士として初めて、英国からオーストラリアまでの単独飛行に初成功。5月5日にロンドン郊外のクロイドン空港を飛び立ったジョンソンは、17,700kmを飛行し、同月24日にダーウィンに到着します。

先駆的な飛行士のエイミー・ジョンソンとアメリア・イアハート(Amelia Earhart)はともにベルスタッフに身を包み大空を飛び回ります。

この年はまた、ストーク・オン・トレントのロントン地区(Longton)に位置するカロライン・ストリート(Caroline Street)に新工場を設立。事業の成功と拡大を印象付けます。

1933

2週間にわたり開催されるマン島TTレースは、英国の全オートバイレースファンにとって、見逃せない大会となりました。最もパワフルなバイクが競い合うシニアTTレース、ブルー・リバンド(Blue Riband)もこの2週間に開催されます。このレースへのオマージュとして、ベルスタッフはSenior TT競技用コートを開発。素材技術の限界に喜々として挑むブランドの姿勢を如実に表した製品です。

コートには、「重量感のあるブラックのラバーコーティング ビーバーティーン(コットンツイル)」、デラックスモデル用には「ダブルテクスチャー防水カシミア」が使用されました。長さのある競技用コートに加えて、ベルスタッフはゴルファーやハイカー向けに、様々なデザインのウエスト丈ジャケットを製造します。

1934

英国全土の小売りへの卸しに集中するため、スタッフォード・ストリートの「陸軍、海軍、総合」店は閉鎖します。ただし、特別仕様のオーダーメイドサービスおよび、バイカー向けのテント、キャンプ用品、ゴーグル、グローブ、ブーツ、ヘルメット、バッグ、幅広い防水ケープの販売はそのまま継続しました。

ブルックランズでは、新しいタイプの女性レーサーたちが頭角を現してきました。元気溢れるドリーン・エヴァンズ(Doreen Evans)もその1人。そして彼女たちの多くがベルスタッフを纏っていました。1933年ブルックランズのオーバルトラックで、弱冠17歳のエヴァンズはイレーネ・シュウェドラー(Irene Schwedler)、マーガレット・アラン(Margaret Allan)とともに、MGマグネットチームを勝利に導きます。エヴァンズは後にル・マンや、RACラリー(現在のウェールズ・ラリーGB)を完走。また、パイロット免許も取得します。

1939

繊維業界で30年、そのうち15年をベルスタッフと共に歩んできたエリ・ベロヴィッチは引退を決意します。

ベルスタッフの経営はハリー・グロスバーグとその妻にしてベロヴィッチの娘、エステル(Esther)に引き継がれます。1914年~18年の第一次世界大戦を彷彿とさせる不穏な空気が高まる中、ベルスタッフはその専門技術と幅広い生地生産能力を買われて、英国政府から戦争協力を依頼されます。

1940-45

第二次世界大戦中、ベルスタッフはパラシュートから飛行服まで、文字通りすべてを供給します。長年にわたり蓄積した全天候型防水素材の卓越した技術を駆使して、ベルスタッフは海軍、空軍の多くの兵士たちの命を守るサバイバルスーツを生産します。軍からの膨大な需要に対応するため、ベルスタッフは600人の従業員を新規採用しました。またこの頃、ハリー・グロスバーグは空襲警報監視員として戦争協力を行っています。

ベルスタッフがハイテク衣料を提供したのは兵士だけではありません。危険を顧みず兵士たちを慰問する人気女優グレイシー・フィールズ(Gracie Fields)もまた、ベルスタッフを着用していました。

ベルスタッフは、映画やミュージックホールで活躍していたグレイシー・フィールズに衣装を提供。工場、駐屯地はおろか前線や被災地までも兵士たちの慰問に駆けつける、何ものをも恐れないフィールズの姿勢は、ベルスタッフの精神と共通するものでした。

1948

ベルスタッフを代表するワックスコットンのTrialmasterジャケットはこの年発表されました。厳しい天候やスコットランド・シックス・デイズ・トライアルの過酷なコンディションに対応する、耐久性と着心地に優れたジャケット。スタイリッシュなフィットスタイルながら動きやすさも抜群です。

マンダリンカラーの4ポケットデザインはすぐにクラシックデザインの殿堂入りを果たします。ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)は次のように語ります。「Trialmasterは本当にセクシーな正統派のデザインね。もう何年も来てるけど、暖かくて着心地はいいし、着ていることを忘れてしまうくらい体に馴染むの。それに真の伝統を感じさせてくれるわ。英国デザインの真骨頂よ。とても機能的だしね」

ベルスタッフは、防水性のアウトドア衣料製造で長い歴史を誇るジェイムズ・ホールステッド社(James Halstead Ltd)の傘下に入ります。製造はロンドンの工場で引き続き行われました。

1950

この時期までに、ベルスタッフはアドベンチャーやスポーツ関係の民間向け衣料製造をメンズ、ウィメンズともにすべて再開しています。

ロードレーサーにしてBSAテストドライバーのC.E.「フラッシュ」・ロジャース(CE 'Flash' Rogers)をBlack Prince PVCジャンプスーツの広告に起用し、バイクファンとのつながりを復活させます。

Black Princeジャケットが発売されます。それは、スナップボタンが付いたジップ開閉、襟を重ねたストームカラーで、英国の最悪の天候にも対応したジャケットです。40年間で1600万着が製造されました。

1951

ベルスタッフは新しいヒーロー、サミー・ミラー(Sammy Miller)を見出します。ミラーは18歳でスコットランド・シックス・デイズ・トライアルに初参加しました。

ミラーは1,000回を超えるレースでベルスタッフを着用。彼にちなんだジャケットラインも開発されました。

1952

後のマルクス主義革命家チェ・ゲバラ(Ernesto 'Che' Guevara)が8,000kmにおよぶ南米のジャングル、砂漠、山、都市を踏破する、有名なツーリングに出発。この旅は彼の回顧録『モーターサイクル南米旅行日記』に記されています。

ゲバラのマシンは、1939年型単気筒500ccのノートン「モデル18」通称「ポデローサ号」。賢い長距離ライダーらしくベルスタッフTrialmasterジャケットを着用していました。

1959

ハリー・グロスバーグは第二次世界大戦中に連合国向けにデザインしたケープから着想を得た新スタイルのサイクリングケープで特許を取得。

英国スクーター市場の成長を受けて、ベルスタッフは広告で「全天候型オートバイ&スクーターウェア」を謳い始めます。

1960

ジョン・リー(John Lee)
ベルスタッフの一番人気を誇るTrialmasterは今やバイクシーンに欠かせないアイテム。バイクと同じぐらい重要といえるものになりました。1960年、オートバイレーサーのジョン・リーがスコットランド・シックス・デイズ・トライアルでTrialmasterジャケットを着用。トップの2つのポケットにロゴが入ったカスタムメイドでした。

ゴードン・ジャクソン(Gordon Jackson)
1960年スコットランド・シックス・デイズ・トライアルの印象的なシーン、4回の優勝経験を持つ、ベルスタッフ愛用者のゴードン・ジャクソンがたった1回足を付くミスを犯したところです。それ以外は見事な走りを見せました。

1963

『大脱走』にベルスタッフを着用したスティーブ・マックイーン(Steve McQueen)が登場、鉄条網をバイクで飛び越えるシーンが話題となります(実際に飛び越えたのはマックイーンの友人でもあったスタントマン、バド・イーキンス:Bud Ekins)。このシーンでマックイーンは一躍スターとなりました。マックイーンはこの時すでにオートバイ愛好家でした。1950年代には仲間たちとキューバを横断し、1964年には米国代表としてレースに参加します。「レースこそ我が人生」マックイーンは述べます。「その間はただの待ち時間にすぎない」

「レースこそ我が人生。その間はただの待ち時間にすぎない」"

マックイーンはベルスタッフの大ファンとなり、Trialmasterジャケットにワックスをかけるために『ゲッタウェイ』で共演した女優アリ・マッグロー(Ali McGraw)とのデートを断ったというもっともらしい逸話まで残っています。「レース好きの俳優なのか演技が好きなレーサーなのか、自分でもよくわからないよ」とマックイーンは語ります。

1969

1969年に登場したフェニックスロゴは、当初Trialmasterジャケットのシンボルとしてデザインされました。羽ばたくフェニックスのロゴは、ギリシャ神話の灰の中から甦る不死鳥にちなみ、力と継続性を象徴しています。

1970

1970年代には合成繊維が登場します。ブラック以外のカラーで製造された初期のジャケットの1つである有名なXL500は、「ベルフレックス」の名で特別に開発されたナイロンを使用しており、優れた耐久性と着心地の良さを提供。XL500シリーズは45年を経ても製造され続けています。

広告の謳い文句にも使用された「スマートで機能性にも優れたデザインを求める、スタイルに敏感な若手ライダー」をターゲットに、ワックスコットンを使用したクロップドデザインのNew Rebelライダースジャケットを発売。

1972

ベルスタッフは1960年代から70年代にかけて27のグランプリタイトルおよび3つの世界タイトルを手にした偉大なレーサー、ジャッキー・スチュワート(Jackie Stewart)とのコラボレーションで幅広いデザインのアウターを製造します。カラフルなMonaco、Grand Prix、Pit Stop、Formula Oneといった様々なジャケットは、その好例です。

ベルスタッフはまた、釣り、シューティング、ボート、サイクリングといった、厳しい自然環境から身を守る製品が必要とされる分野すべてに進出を続けます。

1976

有名な登山家クリス・ボニントン(Chris Bonington)がベルスタッフと2年契約を締結。翌年、ベルスタッフのウェアを着用したボニントンは、「オーガ」の名称で知られるパキスタン カラコルム山脈に属する標高7,285mの峻険な岩峰バインター・ブラックに初登頂を果たします。

ベルスタッフは世界有数の過酷な長距離オートバイレース、スコットランド・シックス・デイズ・トライアルのスポンサーとなり、サミー・ミラーのチームを始めとする多くの有名レーサーたちにウェアを提供します。

1981

ベルスタッフはTrialmasterをアレンジしたRoadmasterジャケットを発表。ベストなロゴの配置を探究し続けるベルスタッフは、Roadmasterの右胸ポケットにはロゴパッチを、左袖にはフェニックスをあしらっています。

1991

英国繊維業界の不況により、ロントン工場は閉鎖。生産ラインはノーザンプトンシャーのウェリンバラ(Wellingborough)に移転します。

1990年代、ベルスタッフはゆっくりと、しかし確実に、バイカーやスポーツマンの市場を核として、復活を遂げていきます。

2004

テレビシリーズ『MI-5 英国機密諜報部』のシーズン3が開始。ルパート・ペンリー=ジョーンズ(Rupert Penry-Jones)扮する活動的な諜報員アダム・カーターがベルスタッフを着用して登場します。「ベルスタッフはいいよね。スリーブのロゴのせいで『MI-5』はちょっとした問題になったんだ。BBCではブランド名は出してはいけないことになってるからね。でもロゴも含めてのベルスタッフじゃないか。撮影が終わってから、自分用に改めて購入したよ」

テレビではまた、ユアン・マクレガー(Ewan McGregor)とチャーリー・ブアマン(Charley Boorman)の30,396kmにおよぶ旅のドキュメンタリー『ユアン・マクレガー 大陸横断バイクの旅』が放映されます。2人の旅はロンドンから始まり、西欧、中欧、ウクライナ、ロシア、カザフスタン、モンゴル、シベリアを経てカナダからニューヨークへ至ります。2人とも、耐久性に優れたベルスタッフPure Motorcycleコレクションのジャケットを選びました。

2006

ベルスタッフ広告キャンペーンにケイト・モス(Kate Moss)を起用。

2007

ウィル・スミス(Will Smith)が大ヒット映画『アイ・アム・レジェンド』の本編やポスターでオーダーメイドのTrialmasterジャケットを着用。ここから、需要の高い限定ジャケットの製造につながりました。

この時期、ベルスタッフは大作映画に次々と登場します。バイクにまたがるナオミ・ワッツ(Naomi Watts)が印象的な『イースタン・プロミス』、ベルスタッフを纏ったブラッド・ピット(Brad Pitt)がバイク姿を披露する『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、そしてトム・クルーズ(Tom Cruise)主演の『M:i:III(ミッション: インポッシブル3)』です。

一方テレビでは、ユアン・マクレガーとチャーリー・ブアマンのコンビがバイクで旅する第二弾、『ユアン・マクレガー 大陸縦断バイクの旅』が放映されます。今回もラギットなベルスタッフウェアに身を包み、スコットランドのジョン・オ・グローツから南アフリカ共和国のケープタウンを目指しました。

2008

モデルのララ・ストーン(Lara Stone)、リード・プレベンダ(Reid Prebenda)を起用した広告キャンペーンがスタート。スティーブン・マイゼル(Steven Meisel)撮影によるモノクロームの映像が、ロードレーサーからカフェレーサー、ハイファッションからライダーズまで、クロスジェンダーで多面的なベルスタッフの魅力を見事に捉えています。

2012

ベルスタッフは2012年2月のロンドンコレクションで、メンズ&ウィメンズの秋冬コレクションを初披露。ベルスタッフはまた、デジタル戦略を大幅に強化。Belstaff.comを世界規模で立ち上げ、ソーシャルメディアも拡大します。こうした展開は、ベルスタッフブランドの再生における活力みなぎる新たなパラダイム変換の象徴となりました。

2012

2012年夏、ベルスタッフはオートバイ愛好家の俳優、ユアン・マクレガーを秋のキャンペーンに起用。ベルスタッフの新デザインに身を包んだユアン・マクレガーがバイクにまたがる広告がシリーズで製作されます。広告の撮影は、毎年モータースポーツの祭典、フェスティバル・オブ・スピードが開催される英国グッドウッドで行われました。

2013

「2013秋コレクションもベルスタッフはシックなバイクスタイルという本領を発揮している。ブラックをベースにブラウンやミッドナイトブルーでアクセントを効かせたカラーパレット。多くのアイテムに、カーゴポケットやスリムシルエットなど、ベルスタッフの原点である伝説のTrialmasterジャケットのDNAがしっかりと受け継がれている」GQ(米国)

2013

2013年9月、ベルスタッフのグローバル旗艦店、ベルスタッフ・ハウス(Belstaff House)が、ロンドンの歴史あるメイフェア地区、ニューボンド・ストリート(New Bond Street)にオープン。2,300㎡を超える6階建ての歴史的建物は、新たなマネジメントのもとでベルスタッフが目指す方向性とその勢いを象徴しています。ロンドンコレクションの開催中に催されたオープニングセレモニーでは、ボンド・ストリートを閉鎖してオートバイが新店舗までパレード。デヴィッド・ベッカム(David Beckham)により扉が開かれ、セレブを招いてのパーティが開催されました。

2014

ヴィンテージ モトジャケットの見事なコレクションを所有するデヴィッド・ベッカムは、カプセルコレクションのBeckham for Belstaffを監修。ベルスタッフのクラシックを取り入れたシャープなレザージャケット、ワックスコットンのフィールドジャケットに加え、ジーンズ、ウォレット、バッグ、ニュートラルカラーのスリムカットTシャツ、履き慣らした風合いが魅力のバイカーブーツが揃っています。スポーツ界およびファッション界で男性にも女性にもアピールするベッカムの起用は、素材、デザイン共に両世界と伝統的に強いつながりを持つベルスタッフにとって賢明な選択でした。英国の田舎でピーター・リンドバーグ(Peter Lindbergh)が撮影したベッカムとライダー仲間の姿が、壮麗なオートバイコレクションとともに、コレクションの発表に華を添えました。 

2015

メンズデザイン部門バイスプレジデントのフレデリック・ディア(Frederik Dyhr)が、2015年1月のロンドンメンズコレクションで、2015秋冬コレクションを発表。コレクションは、1950年代の英国でオートバイとロックンロールをこよなく愛した「タンナップボーイズ(Ton-Up Boys)」を意識しています。

「ロンドンへの素晴らしい回帰だ!感激した」ディラン・ジョーンズ(Dylan Jones)、GQ UK エディター、ロンドンコレクション:メンズ部門チェアマン

「ブラボー、ベルスタッフ。過激な50年代のバイブを感じさせるバイカーテイストの2015年秋のプレゼンテーション。クールなバッドボーイのキャスティングが最高だよ!」ジム・ムーア(Jim Moore)、GQ USA チーフエディター

「ベルスタッフが得意分野に戻った」マデリーン・ウィークス(Madeline Weeks)、GQ USA ファッションディレクター

「クールなプレゼンテーションにとってもクールなコレクション」カリーヌ・ビゼー(Carine Bizet)、Le Monde ファッションエディター

2015

ウィメンズデザイン部門バイスプレジデントのデルフィーヌ・ニヌー(Delphine Ninous)が、2015年2月のロンドン・ファッションウィークでデビューコレクションを披露。2015秋冬コレクションは、ベルスタッフに身を包んだ最初の先駆的な女性たち、飛行士のアメリア・イアハートとエイミー・ジョンソンを意識したデザインです。自然界に備わる危険や刺激を大胆に解釈し、目まぐるしく変化する環境の中でスピーディに、そして自由に生きることを可能にするコレクションです。

「マスキュリンとフェミニンが溶け合って、近年最も成功したファッション表現の1つとなった」ティム・ブランクス(Tim Blanks)、Style.com

「ニヌーは素材で自身の物語を語り、機能を取り入れたフェミニンというアプローチにその名を刻んだ。コレクションはベルスタッフが正しい方向にまっすぐ進んでいることを示唆している」スージー・メンケス(Suzy Menkes)、Vogue International

「誰もが認めるブランドの進化が目に見える形で進行中。もう単なるバイカーガール用ではない。真に世界規模のライフスタイルブランドの様相を呈している」Saks Fifth Avenue

「コレクション全てをその場でかばんに詰めて持ち帰りたかった」ベリンダ・ホワイト(Belinda White)、Telegraph

2015

オートバイ製造や整備に携わることで生み出される情熱を賛美した映画、『ザ・グリーシー・ハンズ・プリーチャーズ(The Greasy Hands Preachers)』。2014年サン・セバスティアン国際映画祭でプレミア上映が成功を収めた後、世界公開されました。オーランド・ブルーム(Orlando Bloom)がエグゼクティブ プロデューサーを務めたこの作品で、ベルスタッフはプロダクション パートナーとして携わっています。

2015

2016夏メンズコレクションは、英国の偉大なる「砂漠の探検家たち」をコンセプトに展開。発見への情熱を胸に抱く、世界で最も暑く過酷な地平に挑む恐れを知らない冒険家たち。英国軍へのサプライヤーとしてのベルスタッフの歴史を継承し、ミリタリーの影響を色濃く映し出したコレクションは、映画『砂漠の鼠』を彷彿とさせます。このコレクションにはまた、ベルスタッフが受け継ぐその他の伝統の影響も溶け込んでいます。その中には、1930年代のアラビアのロレンスから、近年『ウォーキング・ザ・ナイル(Walking the Nile)』のドキュメンタリーが好評を博したレヴィソン・ウッド(Levison Wood)まで、数々の探検家に提供したデザインが含まれています。ウッドとは、2016春夏向けにカスタムメイドのエクスプローラージャケットでコラボレートしています。

2015

2016夏ウィメンズコレクション(2015年9月のロンドンコレクションで発表)を先駆ける、2016年春プレコレクション。フランスのシーサイドリゾート、ビアリッツで6月に開催されるバイクフェスティバル「Wheels & Waves」にインスパイアされたリゾートコレクションは、フェスティバルに集うバイカーとサーファーという2つのカルチャーの融合をその中心に据えています。一見まったく接点がないように思われる2つの世界。しかしその異なる風貌の裏には、自由、冒険、スピード、奔放さを愛する共通の精神が存在しています。コレクションは、サーフィン文化のナチュラルな要素を、ベルスタッフならではのオートバイの伝統になめらかに織り込み、両者に共通するフリースピリットを体現しています。2016夏ウィメンズコレクションでは、自由、そして野性的なパワーと美しさのコンセプトが、海を背景にさらなる進化を見せます。

2015

ベルスタッフはロンドンに2号店をオープン。イーストエンド初出店となるこの新店舗は、若者層をターゲットに、オールド・スピタルフィールズ・マーケット(Old Spitalfields Market)に開店しました。この店舗のコンセプトは、この地域独特の空気感を維持しながら、建築家ウィリアム・ソフィールド(William Sofield)が設計したニューボンドストリートの旗艦店、ベルスタッフ・ハウスの要素を取り入れることです。CEOのギャビン・ヘイグはオープニングの際にこう述べています。「ニューボンドストリートの旗艦店はグラマーなベルスタッフの象徴ですが、この店舗が体現するのは英国モータースポーツの伝統です」

ベルスタッフのアジア進出も順調な展開を見せます。マカオにオープンするカジノやホテルを含む新しいリゾート「スタジオシティ」への出店で中国への足場を確立。さらに2016年春に予定している初店舗で、日本へも上陸を果たします。

2015

ベルスタッフはレッグスメディア(Legs Media)のパートナーとして、ショートフィルム『アウトローズ(OUTLAWS)』を製作。この映画にはベルスタッフブランドのアンバサダー、デヴィッド・ベッカムが初出演。その他キャサリン・ウォーターソン(Katherine Waterston)、キャシー・モリアーティ(Cathy Moriarty)、ハーヴェイ・カイテル(Harvey Keitel)が出演しています。美しい空中ブランコ乗りの思い出にとりつかれ、復讐を誓う狂気の監督に追われる、謎めいた行きずりのオートバイスタントマン、「よそ者(The Stranger)」が劇中劇を繰り広げる超現実的な作品です。